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家賃3.8万円

死ぬまで、やります

小説002 / 七話

投稿した後、これと言ってやる事もなかったので友達の家に遊びに行くことにした。僕の家から徒歩十分の位置にあるけれど、歩くのは面倒なので原付で向かう。晴れた六月の気候はとても過しやすく、このまま夏が来なければ良いのに、と思う。もしくは夏を無視して冬になれば良い。雪は積もるけれど、あの空気は生きている感覚を僕に与えてくれる。

なんて、つまらないことを考えているうちに、7階建てのアパートに着く。

この前、一緒に飲んでいたあいつが住むこのアパートは周りに比べて(もちろん、僕の住むところよりも、ずっと)新しく見える。あいつと飲む時の代金は全て僕が払っている。なぜなら、ニートだからだ。働く気が無いのだ。それなのに、僕よりもお金持ちだ。

 

最高か。良いなー。

 

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原付を駐輪場に置き、インターホンを鳴らす。

僕のアパートよりもずっと高性能なこのアパートのインターホンは、中の人間の顔を見ながら話せる素晴らしい仕様になっている。つまりテレビ電話機能つきインターホンなのだけれど、果たしてそれは、呼び鈴のみの家とどれだけ防犯上で違いがあるのかは分からない。

呼び鈴と覗き穴と、少しだけ開けて会話ができる程度のチェーンがあればこと足りる気がする。ここに住む人の大半は選ぶ際にそれが決め手になったわけではないだろうし、あれば便利くらいのものなのだろうか。しかしまあ、世間が必要だと感じて作られたものだろうし、僕が何を思ったところで、必要性はあるのだろう。

ほどなくして、少し憂いのある女性の顔が画面に映った

「ああ、今、行く」

僕の顔を見るなりそう言い、すぐに映像は切られた。

 

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真っ黒な髪に真っ黒な目、色白な肌。身長は僕より十五センチ程低く、体重は分からないが平均よりは低い。声は低く、たまに何を言ってるか分からない。これは二つの意味で、上手く聞き取れない時と、僕の理解が及ばないことを独り言のようにいう時とがある。

見た目に関して言葉で言えば一般的な日本人のそれだが、大学時代には女生徒は強制参加のミスコンのグランプリ、(本人曰く)仲も大して良くない同級生に勝手に応募されたアイドルで選ばれた期待の星(結局、本人の意思ではないからとアイドルにはならなかった)。

頭は大して良くないという評価で大学は終えたが、テストの勉強をしなければ点数は取れないというだけで、知力は高いと思う。

それに、豪運。そして、酒豪。

これが僕が彼女、綾瀬史乃その人の評価。

 

「何がしたくて、生きてるのかな?」

彼女は僕を部屋に迎え入れ、僕の分だけの冷たいコーヒーを出すと、すぐにパソコン居室にある向かい、画面を見ながら呟いた。そこは彼女のいつもの過ごす場所で、もうずっと使われているだろうその椅子からは軋む音さえ聞こえてこない。見た目もさる事ながら、機能も良いようでよっぽど良い椅子なのだろうと思う。

「しかけが、遅すぎる」

そう言った彼女が見ていたのは競馬の実況で、1レース目だと実況から分かった。

競馬の実況見ながらなぜ生きているのかを問いかけるアイドルなんていないだろうから、彼女にアイドルは無理だっただろう。

「負けた?」

「あーいや、負けてはないけど、ワイド一点。四着の馬が着てれば三単。カスだね」

負けていなければ良いんじゃないかと僕は思いつつ、コーヒーを啜る。

「ねえ、史乃」

僕が声をかけると、史乃はパソコンの画面から目を逸らさずに「何?」と応じた。

「Arkってアプリ知ってる?」

彼女は興味の無さそうに「知ってるよ、あれでしょ、出会い系もどき」と答えた。

「らしいね、出会い系みたいなやつ。暇すぎてさ、始めたんだ。でも何が目的か分からなくて。出会いが目的なのかな、やっぱり」

史乃には興味がないだろうと思って、軽い気持ちで言ったの。けれど、彼女は首だけ僕の方を見て、

「やめたほうがいいよ、きっと」

と冷たく言った。

 

 

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その後、僕らは他愛のない会話(最近の僕の仕事ぶりや、共通の友達の近状、最近のアニメ読んだ本の話)をして、夕方にインスタントラーメンを出してもらい、二人で食べて互いの暇潰しを終えた。

史乃がArkについてやめたほうがいいと言った理由に特に深い意味はなく、ただ時間の無駄だから、との事らしい。

僕にとっては、彼女と過ごす今日みたいな時間も、Arkのようなアプリで費やす時間も、大元のところは変わらない、とは言わなかった。言う必要がないし、失礼なだけだからだ。言っても何も得るものがないと分かっているなら、言わない。言いたくなっても、だ。これは僕なりの処世術。

 

明日は仕事だから、自宅に着いてからはシャワーを浴びて、少しだけウィスキーを飲んで、布団に潜った。

今日は悪くない日だったと思う。

明日もきっと、変わらない。